子どものころのおせちの思い出

おせちといえば、正月に家族でわいわい集まって食べるもの。

子どものころは、このおせちが大の苦手でした。

大人たちは決まって、シャンパンや日本酒をあけて楽しそうにしていて、それを真似て姉妹たちでシャンメリーという子ども向けの炭酸飲料で乾杯するのが我が家の定番の正月の迎え方でした。

おせちに入っているおかずにはそれぞれ意味があるといいます。

たとえば、「黒豆」は厄よけのために食べ、「伊達巻き」は学問・教養繁盛のために食べるものだと教わりました。

見た目は確かに華やかだけど、何が材料で作られているのかよくわからないので、どうしても口にしたくないものが多くて、毎年おせちの中で食べるものは決まっていました。

かまぼこ、ブリの焼き物、こんにゃくの煮しめ、紅白なます。

紅白なますに関していえば、わたしは酢を使った料理が大好きで、重箱にちょろっとしか入っていない紅白なますはすべてわたしが消費してしまっていたので、基本的に市販のおせちを注文していましたが、紅白なますだけはそれとは別にボールにいっぱい作り置きされていました。

母親も酢を使った料理が好きだったからという理由はさておき。

子どもにとっては、どちらかというと、重要なのはおせちよりもお雑煮で、お餅でお腹をふくらませられたら子どもの食べる正月は終わりで、あとは走り回ったり、大人たちにお年玉をせがんだりしていた記憶があります。

しかし、わたしよりも年下の妹はさらに食べず嫌いで、そもそもおせちは冷たい料理でおいしくないということから何も手をつけずの正月が続いていました。

中学生になってもその状態が続いており、お雑煮しか食べない妹をみて、あるときから両親は、ハムやソーセージを自家製で作っている牧場のおせちを取り寄せることにしました。

すると、子どもたちはそれらによってたかって、そればかりを食べて元旦には必ず肉を使った料理がきれいさっぱりなくなっていました。

正月の過ごし方はおせちによって決まるといっても過言ではないほど、おせちの存在は大きいもの。

特にわたし自身が大人になってから感じるのは、おせちは子どものときのイメージが大きくて、結婚してからもその当時のおせちが頭から離れず、肉料理やたくさんの紅白なますを用意してしまいがちです。

しかし、最近は地方へ移住したので、きちんとおせち料理に込められた意味合いを理解して、自家製おせちを構えられたらいいなと思い始めています。

イオンおせち